おうちさんとわたし。

無職おひとりさま50代女性の家づくりと日常

その後のNおじさん

こんにちは、日凪子です。

hinakonoouti.hatenablog.com

先生のお別れ会から数ヶ月が経ち、Nおじさんとランチをしました。
前回の人気の中華料理店では、Nおじさんはまったく料理に興味を示さず、10年分のデータがつまった分厚いファイルをテーブルで開いて、株式運用についてぶつぶつ語り続けておりました。

あのときの失敗は繰り返しません。
今度こそNおじさんの顔が思わずほころんでしまう素敵なお店をチョイスしましょう。
そんな決意のもと選びに選んだ、お味も雰囲気も接客も満点の銀座の和食店
向かい座ったNおじさんは、やっぱりこんな顔をしていました。

今回はファイルもなく株の話もしていませんでしたが、無表情で淡々と箸を動かすばかりで、料理に対するリアクションが皆無です。まったく美味しそうに見えません。私が料理人さんだったら泣いてしまいそうです。
「Nおじさんはどんな食べ物が好きなの? ジャンルとか食材とか」
と尋ねると、淡々としたまま、
「……特にないかな」
と答えます。

人生のほとんどを美味しいものを食べることに捧げている私には、隕石が落ちてきたような衝撃発言です。

食べることに興味が……ない?
ああ、ダメです。
こういう人とはお友達になれません。

Nおじさん、先生が亡くなってからひとりでどう過ごしているんだろう。趣味とかあるのかなぁ。株の運用は……趣味ではないよね。

自称ギャンブラーで投資オタクの父は株を売り買いするのが趣味で楽しそうだけれど、父曰く「データ主義で石橋を叩くような運用をしている」Nおじさんは、あまり楽しそうには見えません。
いえ、もしかしたら心の中では、株が上がるとテンションあげあげだったりするのかもしれませんが。

「Nおじさんの趣味ってなに?」

直球で尋ねると、予想もしなかった答えが返ってきました。

「そうだね、今は区の生涯学習で、チンゲンサイをテーマに活動している」

チンゲン、サイ?

それって野菜の?

「Nおじさんチンゲンサイが好きなの? チンゲンサイを使ったレシピを研究してるの?」

Nおじさんは静かに首を横に振り、また淡々と続けました。

「日本の歴史や書物の中に、いつからチンゲンサイが登場して、どんなふうに各地に広がっていって、当時の人たちの生活にどんな役割を果たしてきたかとか、チンゲンサイに関わるあらゆることを調べて、データにまとめているんだ」

チンゲンサイの表記がある古文書はすべて取り寄せ、目を通したそうです。
某大学の教授のところへ出向き、チンゲンサイについての考察を語り、
「『××』という文献にある『×××』という表記はチンゲンサイのことで、チンゲンサイのルーツはモロッコ(仮)にあるというぼくの見解に、教授も同意してくれてね」
と語ったときには、大学の先生って……一般区民の考察の相手までしてくれるの? なんて親切なの、と驚きつつ、たかがチンゲンサイのことで大学まで行ってしまうNおじさんにも慄きました。

ちなみに実際はチンゲンサイではなく、別の野菜です。

ただ、日本中探してもこの地味な野菜にここまで情熱を持っている人は生産者のかた以外ではNおじさんくらいな気がします。万が一Nおじさんが野菜名で検索してこの記事に辿り着くと困るので、チンゲンサイとさせていただきました。

生涯のテーマと決めた野菜について語るNおじさんの頬や口もとは、いつのまにかゆるんでいて、まぁ、お店選びは残念だったけれど、Nおじさんの希少な笑顔が見られてよかったなと思ったのでした。

次に会うときは、チンゲンサイの名物料理を出してくれるお店にしましょう。

けど、いくら検索しても、やっぱりそんなお店はないのでした。
うーーーーん、せめてトマトやキャベツだったら……。