おうちさんとわたし。

無職おひとりさま50代女性の家づくりと日常

私はおうちさんが嫌いでした

日凪子です。
27年連れ添ったおうちさんが好きすぎて、新しいおうちさん探しに行き詰まってしまいましたが、実は長いあいだ私は今のおうちさんが嫌いでした。

当時は住居に対して思い入れがなく、駅から近いし隣駅だから引越しもしやすいという理由だけで選んだ部屋です。
書店の店頭で不動産情報誌をめくって、5分足らずで決めました。
そのあと父と一緒にモデルルームへ行くには行ったのですが、ここでも間取りや設備を気にすることなく、そのまま購入手続きをして、建築中も隣の駅だというのに現地を見に行くことも一度もありませんでした。

私にとっては駅から2分という事実だけが重要で、駅周辺がどんなふうで建物の周りはどうなっていて、日当たりがどうとかまっっっっっったく気にしてなかったのです。

唯一、専門学校の寮と、そのあとの日の当たらないアパートの騒音に悩まされたことから、
「防音はしっかりしていますよね?」
とだけは確認しました。
販売員さんは、スラブ厚がどうこうと説明し、
「大丈夫ですよ」
と断言していました。
これは半分だけ当たっておりました。

やがてマンションが完成し、内覧日を迎えました。
父と一緒に母も上京し、3人で新築ぴかぴかのおうちさんを見に行ったのですが……ひと目見て唖然としました。
なんというか、その、家バレしそうで詳しく語れないのですが、ものすごくシンプルだったのです。

「え、これで完成? まだ途中じゃないの?」

と建物を見上げてつぶやく私の隣で、母が思い切り無邪気に、

「まぁ! 刑務所みたいねぇ!」

と笑顔でのたまったのを鮮明に覚えています。

私が驚いているのに父は怪訝そうでした。
「パンフレット通りじゃないか。これはこういうデザインなんだよ」
確かにその通りで……けど、マンションの外見なんてどれも似たようなものだろうし、興味がなかったのでパンフレットもろくに見ていなかったのです。

目の前に建っていたのは、私がイメージするマンションとは微妙に異なるものでした。
今はシックで素敵と思えるし、後年ご近所のかたとお話ししたとき、
「お洒落なマンションができたなぁと思っていたのよ」
と言っていただけて嬉しかったりしたのですが、初対面のこのとき、私のおうちさんへの第一印象はがっかりのひとことでした。
まるで会ったことのない許嫁に嫁いでみたら、平坦すぎるお顔立ちに胸がしぼんでゆく感じです。

えー、このひととこの先の人生をともにするの?

みたいな。
さらに部屋に入ってみたら、驚きの光景が目に飛び込んできたのです。

ドアが、オレンジでした。


こんな感じのお色です。
玄関のドアは普通に黒いのです。
けど、各部屋のドアがオレンジです。
トイレのドアもオレンジだし、クローゼットや収納のドアもすべてオレンジなのです。
そして、このおうちさんには収納が山のようにありました。
クローゼットが壁一面に配置され、その扉が全部オレンジなのです。
どの部屋のどこにいてもオレンジが目に飛び込んできます。

「なに、このオレンジ〜〜〜〜!」

うろたえる私に、また父が言いました。
「なにって、自分で選んでいたじゃないか」

はい、その通りです。
モデルルームにドアの実物見本があって、オレンジのドアがとても綺麗だったので、
「これにします」
と私が2秒で選んだのでした。

ただそれはリビングへつながるドアだけのつもりでした。
まさかすべてのドアと、すべての収納の扉が全部オレンジだなんて想像もしていなかったのです。

「なんで止めてくれなかったの〜」

と涙目で父に訴えると、
「だって日凪子が住む家だろう。お父さんが口出しすることじゃないし、女の子の部屋のインテリアなんてわからないし」
と当然のことを言われました。
でも、止めてほしかった〜。

このオレンジまみれの部屋で暮らすのかと頭がぐるぐる回って卒倒しそうな私の隣で、母がやっぱり無邪気に、
「まぁまぁ、本当に全部オレンジねぇ、すごいわねぇ、保育園のお遊戯室みたいねぇ」
と、はしゃいでいたのでした。

外側が刑務所で中がお遊戯室って一体……。

続きます。