おうちさんとわたし。

無職おひとりさま50代女性の家づくりと日常

40歳で1億円貯めて投資生活してるおじさんに、教えを乞うた結果。

こんにちは、日凪子です。

30代のはじめ、最初の投資信託で元金を半分にしてしまった私は、10年くらい投資には近付きませんでした。
やっぱり元金保証の定期預金が一番です。
けれど金利は切ないほど下がってゆきます。
100万の金利が数10円っていくらなんでも下がりすぎではと、気持ちが株式運用に少しだけ傾きはじめたのが40代のはじめです。

そんな私に、株が大好きな投資オタクの父が言いました。

「お父さんが指南してもいいけど、お父さんはギャンブラーだからな。それに投資信託のことで日凪子の信頼も失っているし」

自分でギャンブラーとか言いますか。
しかも誇らしそうに。
10年前の投資信託で私の信頼を失っているのはその通りです。

「そうだ、日凪子はNおじさんに教えを乞いなさい。Nおじさんはデータ主義で石橋を叩いて渡る運用をする人だから」

Nおじさんは母の弟です。
もとは金融関係の職についていて、40歳で1億円貯めて早期退職し、そのあとは株の運用だけで生活しています。
独身で口数が少なく、常にさめた顔をした喜怒哀楽に乏しいNおじさんのことが、父は大好きでした。
株の話ができるのが嬉しいようで、母の実家に親戚が集まったときなどNおじさんに張りついて、それは楽しそうに投資の話をしていました。
ほとんど父が一人でしゃべっていて、Nおじさんは表情をまったく動かさずに、ときどきうなずいたりつぶやいたりするだけでしたが。

私もNおじさんに遊んでもらった記憶や、会話がはずんだ記憶がまるでありません。
母はきょうだいが多く、末っ子で独身のNおじさんは親戚の集まりにあまり顔を出さず、来てもすぐに帰ってしまうことが多かったからです。
なので私の中のNおじさんは、とにかくおとなしく感情の上げ下げの幅が乏しい人という印象でした。母の姉と妹がめちゃめちゃにぎやかなので余計にそう感じたのかもしれません。そういえば母の兄も無口でぶっきらぼうでした。

Nおじさんはぶっきらぼうではないのですが、声がとても小さくてつぶやくように淡々と話します。
なにを考えているのかよくわからない人で、うーーーーん、Nおじさん、株のこと教えてくれるかな。
普段交流のない姪から、いきなり株の指南をしてほしいと頼まれたら迷惑なんじゃ。

けれど父はすっかり乗り気で、早々にNおじさんに連絡をとったようです。
Nおじさんは都内のマンション暮らしで、私の住まいとちょうど中間くらいの場所でランチをすることになりました。
お店は私が選びました。
人気の中華料理店で、コース料理を予約したのでした。

当日現れたNおじさんは相変わらずの無表情で、両手に大きな荷物を下げていました。昔、結婚式の引き出物で持たされたあのやたら大きな手さげ袋です。それが左右にひとつずつ。ものすごく重そうです。
それをテーブルにどさっと投げ出し、Nおじさんが取り出したのは百科事典くらい厚みのあるゴツいファイルでした。

そのファイルは一体……。

あっけにとられる私に、Nおじさんがファイルをばさりと開いて、小さな声で淡々とつぶやきます。

「メキシコで××××があってね」

は?

メキシコ?

いきなり異次元に放り出された気分でした。
なぜ急にメキシコ?

↑Nおじさん、こんな感じです。
オリジナルは↓ですが、口元がこんなにニコニコしてなくて、ずっと真一文字なので。

そのあともNおじさんは私の知らない単語を淡々と並べながらメキシコの話を続け、そのメキシコで起こったことが世界経済に及ぼす影響について語りまくります。

ぜんぜんっ、わかりません。

お店の人は、Nおじさんがファイルを広げているので料理を運んでよいのか困っているようです。
とりあえずコースをはじめてもらったものの、Nおじさんは料理に関心を示さず、スープが冷めても語るのをやめません。
しまった、お店選びを失敗した。
「とにかく、ごはんにしよう。ね?」
私がうながすと、皿のものを面倒くさそうに口に運びますが、またどこかの国の話や相場の変動の話をはじめてしまいます。ファイルはずっとテーブルの上に置かれたままです。

ああ、本当に失敗しました。ファミレスでお茶にすべきでした。

話の内容もちんぷんかんぷんで、私がぽけ〜っとしていると、Nおじさんが急に話すのをやめて、視線を合わせて尋ねました。

「日凪子ちゃん、もしかして投資のこと全然わかってない?」

「う、うん、そうなの。まったくド素人で、難しいことはちょっとその……聞いても理解できないというか、私にはまだ早いというか……」

ぶっちゃけ「今おすすめなのは、この銘柄と、この銘柄だよ、このあたりを買っておくといいよ」というストレートなアドバイスを期待していたのです。

Nおじさんは、ぱたりとファイルを閉じました。
「じゃあ、教えられない」

え、そんな。

「ぼくがすすめた銘柄を日凪子ちゃんが買ったとして、それが下がったときに日凪子ちゃんは自分で対処できないでしょう? それは怖いから日凪子ちゃんには教えない」

怒っているのでも幻滅しているのでもなく、ただ淡々とNおじさんはつぶやきました。
下がったとき自分で対処できないは、まさにそのとおりで、投資信託もそれで失敗したわけなのでズシっときました。
完全に見抜かれています。

結局Nおじさんに教えを乞うことは叶いませんでした。
帰り際、おじさんがふたつの手提げを私に差し出しました。
「10年分の株の動きのグラフだから、参考にして」
分厚いファイルがふたつ。
とっても重そうです。
わざわざプリントアウトしてくれたのでしょう。
これを読み込んでしっかり勉強すれば、なにかが変わったかもしれません。

「えっと……私、やっぱり株は向いていなさそうだからいいや。ごめんなさい」

きっとNおじさんは、もうこいつには絶対なにも教えないと思ったことでしょう。
けれどNおじさんの気持ちは顔に出ることなく、
「そう」
と淡々とつぶやいて、別れました。

そして以後、私は投資に背を向け、元金保証の高金利キャンペーンを渡り歩くようになるのでした。